青銅華表の記


青銅華表(青銅製の鳥居)の記

此の青銅の華表は、官商(ここでは藩の御用達商人)那波三郎右衛門祐生、本祠山王権現(八橋の山王さん、

外町の鎮守、日吉八幡神社のことです。)の霊験に感じて建つる所なり。祐生、その先(先祖)は播州

(播磨の国・現在の兵庫県)の武弁(武家)の士なり。七世の祖祐恵、天正(1573-91)の始め、乱を避け、

同州那波浦に潜居(ひそみ隠れる)す。因りて 那波を以て姓と為す。

注 華表=鳥居

遂に商͡估(商人)に混跡(跡をくらます)し、貨(金銭と物品)を積み利を逐ひ(追及する)、家、巨万を累ぬ。(蓄積した)。

其の子春幸、居(住居)を姫路に移し、遥に田宅を京師(都)に占む(占有する)。

慶長中、国家に大阪の役(大阪冬、夏の陣)有り。春幸、心に感ずる所有り、深く我が門冑(家の血筋)

を景慕(慕い仰ぐ)し、私に心を傾けて軍事に供給(求めに応じて品物を渡す)す。

後、命を奉じ、国家の多方の索(求め)に応ず。五世の祖幸次に至り、出でて京師に住す。曾祖(曾祖父)祐祥に至り

、幼くして父を喪い家道も亦漸く衰ふ。命を承け、家を携えて(一家を挙げて)秋田に来る。

父祐之、常に累生(代々)長男を以って家を継ぐことなきを憂ふ。因りて本祠(日吉八幡神社)に祷る。

幾ばくも無くして妻孕む有り、果たして男子を挙ぐ。即ち祐世是なり。

日吉八幡神社青銅の鳥居