日吉八幡神社三重塔


塔建立祈願文

青木平兵衛重仍が父大窪安信の菩提のために三重塔を建立
したこと。また、その趣旨を示した銘文を、父が得度した
ゆかりの寺の住職に依頼したことが知れる。

大窪安信は九歳にして母を喪い、やがて松本氏の長女を娶り

一男二女をもうけしが、慈母を幼くして喪った安信にとっては

常に無常観を痛念し苛まれていたことから、全良寺(当時は大龍寺)

始祖新州和尚の教えを受けていたが、寛文九年七月つごもりの夜、

にわかに妻子を離縁し家資を投げ捨て、新州和尚に就いて出家得度し、

新州の諱を以って祖寛と称した。時に安信三十歳。

以来東西を行脚し老齢に達して帰秋するが、箕口村に茅庵を設け、

質素な暮らしをしながら文章を嗜み和歌に通じ、参究に余念なかったが、

それ未だいくばくも果たさずして倒れ、遂に翌年元禄十三年二月十日

安らかに永逝。世寿六十一、仏門につかえて三十二年。荼毘ののち開山祖塔の

左そばに埋葬した。

 

日吉八幡神社三重塔